★"未来世紀メキシコ酒場"告知

 二月二十八日、木曜日。如月末日。東都南風が吹きて頗る温暖になり候へども、日暮れ俄に雲沸き立たち候。月弥生に変わりて丑三つ、未だ雨には至らざる空模様に相成り候。暗雲翳める朧げな宵月が武蔵野を照らせり候。民皆固唾を飲んで春一番を待ちわびる日々を送りし候に付き。来たる春分は三月二十日を皮切りに、毎月第三水曜日、所は東京渋谷、スンダランドカフェにて、平日の夜酔をお預かり賜いし候へば、ここに"未来世紀メキシコ酒場"なる宵を開催仕り賜いし候。未来世紀メキシコ一同参上仕りまして、皆様の御来場、切にお待ち申し上げ仕り候。


此れを以て、いざ、未来世紀メキシコ酒場の、はじまりはじまり〜!!!!



「未来世紀メキシコ酒場 第一回」


3/20(wed)

18:00〜23:00

@ SUNDALAND CAFE 


DJ :SAUDI,S.O.C.,RE.EKDDIK

LIVE ;EKDDIK

SHOP:FZMX,5W

SPECIAL FOOD & DRINK & MORE!!



追って詳細は報告致し候。


★デンワガナラン

 昨日の満月は美しかった。井の頭の夜空には一筋の雲も無く、悠々と浮かぶお月さんの姿は、いつもより幾分膨らんでいる様に見えた。思わず月見酒をきめ込んだのも昨夜の出来事であった。今宵も井の頭の夜は静けさに満たされている。理由は地理的なものであろう。大きく公園が横たわっているので、車の通行量が至って少ない。昼間は学生たちの談笑やらで賑わっている表通りも、夜はくたびれたサラリーマンが時折、革靴のかかとを鳴らして歩く音が聞こえてくる程度であった。

(しくじった)

日本酒で唇を濡らしていると、ある事に気がついた。道理で誰からも連絡が無い訳だった。

(携帯電話が止まっている...)

いつも肌身離さず持ち歩いている携帯電話だが、こうなってしまっては時計くらいの機能しか持ち合わせていない。今やほとんどの人が持っているであろう携帯電話。現代の子は何歳くらいから手にするのだろうか?かつて僕らは頻繁に使う番号を暗記していたし、会いたい人を引き寄せる力も持っていた。今やそれらの能力は必要性を欠き、失せたと言ってもいいのかも知れない。現代社会の推進力である合理主義の波は、数々の人間の営みを変えたであろう。古来からの人間の能力や文化に新しいメスを入れ、"迷妄"という理屈を拵え、抹殺したであろう。その上で”発展”をしたのであろう。そして今も多大な変化を与え続けている。だが今夜は...。

(わるくない)

メールは言わばテレパシーで、通話は遠隔通信能力の代替だと言える。現代人は脳みそを30%くらいしか使う事が出来ていないらしい。即ち人はまだまだ未知で、科学では分からない神秘に満ちているという事が言えるのだ。では合理的な科学が産まれる以前はどうであったのか?例えば日本の縄文時代の文化に"夢告"というのがある。読んで字の如く"夢の中のお告げ"であるが、これは眠りの中で他者と遠隔通信を可能にする能力だと思われる。日本の神話にも数々の夢告が登場する。タケミカヅチが神武にフツノミタマという聖剣を送った事を知らせる際にも使われている。そんな"夢告"を円滑に行う為の装置として山頂ピラミッドが造られたらしい。素材には水晶を使用していた。ご存知の通り現代のラジオが電波を飛ばす為に使うのも水晶である。ラジオには微量の水晶が使用されるが、古代、例えば甲府にある昇仙峡では原石のまま山頂に水晶のピラミッドが造形されていたらしい。その規模で電波を飛ばすとなると果たして...?解明は現代科学に委ねたい。"夢告"とは言わば古代の科学であると言える。迷妄性と合理性が同居している科学なのだ。

(しかし...いかがなものか)

問題は携帯電話であった。現代は如何せん多忙である。それにマナーやモラルが必要以上につきまとう。携帯電話が繋がらない事は最早、無礼に当たるのではないか?現代は現代でこれまた難しい構造を秘めている。僕らの祖先が残した伝承や言い伝えの類いも、合理主義の前には"迷妄"のレッテルを貼られた当事者に他ならなかった。そもそもイデオロギーの話は好みではないが、要するに伝承を失った人々は、知識を無くして教育が出来なくなり、それ故に法に頼るという図式のようである。法よりも先に心があるべきだと思うのだが、それさえも"迷妄"だと言えるのだろうか?いやいや、それこそが人ではないのか?だとしたら人間とは...。

(寝てしまおう...)

銭を払えば遠くにいる人と会話が出来る。能力を銭で買うのだ。実行するかしないかは明日の己が決めてくれる。今夜は夢告を待つ事にしたい。以前に松本人志氏が「携帯電話が人体に埋め込まれる日が来る」と言っていたのを思い出したが、強ち無い話ではないのかも知れない。


★昼下がりの酔鯨

 如月の昼下がり、お天道の陽光が窓辺の植物たちを隅々まで照らしている。北風はまだ吹き止まないでいた。僕は昼の八つから、土佐の純米酒”酔鯨”の入ったおちょこを傾けた。ここ東京でも高知のお酒を味わえるのはありがたい。けれど、この酒をここまで運ぶ為にいくらか地球を汚した事には違いなかった。「いわゆる発展とは...?」と疑問は量産されるが、回答は雲隠れである。いや、ときには単純明快であるとも言えるか。何故ならそれらの話には大抵、銭が絡んでいるからであった。音楽を奏でてそれを得る者もあれば、人を殺してそれを得る者もある。皆、多かれ少なかれ銭を稼がねば食っていけぬ仕組みが出来上がっている。恰もまやかしの如く、それは世に霞がかっている。特に都会ではその手段が実に多様であると言える。誰が良くて誰が悪いのかではなく、現在そういった仕組みの基に暮らしているだけの話でもある。ただ、先進国と呼ばれる国々にその傾向が甚だしいのは言うを待たないだろう。ともあれこの酒が、二酸化炭素等を大気に撒き散らしながら東京まで運ばれてきたのは事実であるし、同時に銭を産んだ事もまた相違ない筈である。


日本の政権は変わった。「自衛隊に四百億円の追加予算...、生活保護六百七十億円予算削減...」。ゴージャスさんからのメッセージが、マスの目を掻い潜って僕のポケットの中で鳴り響いた。そもそもマスメディアと情報局の関わりは如何なるものなのか?と言い出したらきりがないが、愚痴ではない。思い返すならば、日本という国は原爆も食らったし、原発も吹っ飛んだ。どう見積もっても遠い過去の話ではない。その都度、有り様が変わり、心模様が変わる。昨今の日本を見つめる世界の視点はやはりそこら辺にあると思われる。宮崎駿氏が描く世界はそれらを多いに内包しているし、大友克洋氏も同様に世界の終幕以降を描いていると言える。漫画は既に文化であるという。「最も進化した書物である」と唱えた人もあった。「何故、日本人は漫画文化を築けたのか?」と、また疑問が産まれた。しかしその応えとして、この国は"世界で唯一の経験者から成る民が暮らす列島であるから"だとは言えないだろうか...?


随分と酔いがまわってきたらしい。日中の酒は何故か効く。先刻観た、東ティモールのドキュメンタリー映画を思い出しながら回想を巡らせてみたが、とりとめを失いつつある。兎に角、僕はその映画を観て東ティモールという国が大好きになった。映画がどうであると言うより、人々に感動した。そして唄が素晴らしかった。来月、僕は南西の島へ行く。その島の唄も素晴らしい。しかし、現在その島は武装されている。何かの為に、まさにARMED ISLANDと化している。季節はうりずん。かつてこの弓なりの列島は”大きな輪っか"に包まれていたという。タイワン、オキナワ、ワ、ワッカナイ、すべて”大きな輪”を示唆する。僕は飛行機に乗って、地球を汚しながら空を飛ぶ事になるだろう。何が良くて何が悪いという話でもなく、何を感じるかなのだと思う。一年ぶりに友に会えると思うと心が沸き立つ。ぬる燗の片口が空いた。此処いらで擱筆しようと思う。少し傾いたお天道の光が、六畳一間に深く差し込んでいる。


★未来世紀メキシコSP 2012

  
                                                                                                                                          photo by SEO NAOKI








★2013迎春

今年の元旦の空気はよく澄んでいた。井の頭界隈の氏神である牟礼神明社に詣でた家すがら、牟礼の里公園に立ち寄った。西の茜空には遠く不二のお山の姿がくっきりと見て取れた。江戸に住む人間は皆富士山信仰を持っていたらしい。たしかに美しい。寒風が吹いて耳を掌で覆った。西暦2013年が始まった。思えば随分未来にまで来たものだ。未来の音楽が溢れている。しかしひとむかし前の音楽も洋の東西を問わず生きている。産まれ続け、いいものは生き続けている。江戸時代にはどんなバンドがいたのだろうか。更にもっと太古の昔には...。思わず口角が上がる。華の東京は松の内二日目から既に沸き立っていた。僕は渋谷宇田川町にある文化村へと赴き江戸時代の禅師、白隠鶴の禅画展をご拝観。なんとも素晴らしかった。『夜船閑話』という医学書(闘病記?)を残したこの江戸時代中期の臨済宗の禅師を、僕は闘病期に知った。白隠さんは肺結核だったらしいが僕はガンであった。展示されていた美しいキセルを眺めながら口角が上がっていた。現在の禅宗はすべてこの白隠さんに通ずるという。秩父の山寺、太陽寺での宿坊が鮮明に脳裏に沸いて出てきた。耳に聞こえてくるのは鳥の声、風が吹けば木々がざわつく音、遠くからは川のせせらぎくらいであった。静かである。座禅を組めば体を流れる血液の音まで聞こえてきそうだった。夜は深い闇を落とした。住職手製の露天風呂に浸かって満天の星空にコウベを上げたのを覚えている。神仏もののけがいるかいないかは誰ひとり立証出来はしないが、いないとなるとなんともつまらない。かつては本当にいたのだろうか。否、きっと今も...。東京の光は妖怪たちを殲滅した。あるいはこんな闇の中にはまだ...。中世室町時代は妖怪が跋扈した時代であった。百鬼夜行である。都は陰陽道を使った。人は刀を極め祟りを斬った。戦人達は地獄を恐れず人を斬らなければならなかった。殺生が身近になり喜んだのは猟師や漁師くらいだったという。時代は時に神をも殺す。 

お餅がぷくっと膨らんだ。それをすまし汁に入れれば伊予風お雑煮の完成だ。松の内三日目ともなるとお腹もぷくっと膨れた。井の頭と言えば弁天様が鎮座することで古来から知られている。ローム層が織りなす関東平野の豊かな自然に古代から人が住まなかった訳がなかった。近隣には縄文時代の横穴も見つかっている。広大な武蔵野平野は各所で清水が湧き出てマンモスたちが闊歩する大自然だった。ここ井の頭もその一つだろう。弁天参道には人頭蛇体の宇賀の神が石塔になって立っている。この日は井の頭公園をすこし散歩する事に決めた。池の水面にはカルガモが数羽、寒空に身体を縮ませている。弁財天社の朱が澄んだ空気で鮮やかさを増していた。この天女は天竺の蛇神ナーガが由来とされる。即ちシヴァであり、不動明王に他ならない。長い時間はすべてをチャンプルーする。自分たちの祖先が紡いできた糸の先が今である。例外なく音楽にもまさに同じ事が言える。今は自分たちが紡いでいる最中である。いろいろ学んだ筈だ。偉人もたくさんいた。しかし戦争や飢饉や原子力など人が抱える重大な問題はまだ様々に現存する。何故かと問われても一様な答えなど何処にもなく、運命だとも思いたくはない。「同じ過ちは繰り返さない」。子供にも分かるであろう当たり前の事が人は案外に難しいらしい。僕らは原子力発電所をこの国に拵えた政府を再選させた。矛盾を抱える動物だからこそ人生は面白いのかも知れない。松の内は終わりを向かえた。間もなく鏡開きだ。今年はどんな年になるのだろうか。「どんなに未来が明るくても、決して過去を忘れてはならない。」ボブマーリーの台詞がふと脳裏をよぎる。


★吉備の山

 日本列島には山の麓に生活圏をおく集落が数多く見られ、まさに”山”の”間”に”衆”が集まった「ヤマト」であると感じてしまう風景は日本の各地にあります。木枯らしが吹くこの季節、山々の肌は赤や黄色やオレンジなどで色づいて奇麗な装いを見せています。そんな贅沢な景色を車窓に眺めながら、徹夜明けの僕は博多行きの新幹線の中でいつのまにか眠りについていました。岡山駅へ降立つと今回の企画者であるキヨ君が迎えにきてくれて、車で北へ10kmほど走った山の中腹にある温泉施設レスパール藤ヶ鳴を目指します。今回弾き語りで呼んでくれたのは”GOODTIMIN' REASON”というイベントで、会場は温泉プールを利用して催されていました。プールの上にステージを組んである為か、天然のエコーが効いた異空間で、ちょうど能楽堂の舞台の下に壷を設置して響かせる原理と同じ働きをしている様でした。建物自体も変わっていて、ガラス張りのトーラスでなんとも不思議な場所でした。あいにくの曇り空でしたが、出演バンドやDJ陣は地元や近畿方面からかっこいいコアなメンツが揃っていて、レゲエやアフリカや中南米の音楽が聴けて楽しかったです。夜は割りと早く更けたので、翌日は鬼退治伝説を持つ備前の国を散策することにしました。と言うのも“記紀“(古事記と日本書紀を併せた呼称)にも登場するあの吉備津彦を祀る神社があることを知っていたからです。「吉備中山」という、頂きに環状列石を持つ神山を背に鎮座する、その名も「吉備津彦神社」がそれでした。名前から察するに古代の山陽地方に栄えた吉備の王である事が伺えますが、吉備津彦はそもそも隣接する部族である「温羅(ウラ)」という鬼を退治してその土地の主になります。神話では天孫族に仲間入りしますが、古代の吉備の王で代々受け継ぐ王号であったと思われます。おそらくは製鉄という温羅の技術が欲しかった朝廷に協力したかたちをとった人達なのでしょう。境内には勿論天津神(天孫族の神)も祭られていますが、亀島、鶴島があり、大きな石灯籠があり、本殿の棟の先端には置千木があり、多分に×マークをモチーフにした狗奴の色が濃く見られます。同時に近くには人頭蛇体の製鉄の神、宇賀(ウガ)の神を祀る宇賀神社もあり、ペルシャ語で“太陽を祈る“という意味を持つ古い稲荷神社もありました。つまりアラハバキを奉ずる製鉄民や、太陽と月を拝み人工造山を作る技術者集団がいた訳です。このように生きる古墳と言われる神社は多くを語ってくれています。帰り際に名前に釣られて「造山古墳」に行きました。丘を削って作られたという大きな前方後円墳や石室に装飾を持つ円墳など6基が点在していて、そこに古めかしい集落が密集しています。狭い路地を歩きながら家々の白い壁を見ると三角や×マークを連続させた模様がありました。銅鐸や土器についているものと同じような模様です。そして驚いた事に、前方後円墳の頂きには荒神さまを祀る社がたたずんでいます。荒神さまとはアラハバキさんの事で、ルーツを中東にまで遡る事が出来る古い神です。ヤマン(現イエーメン)のアーラヴィ族が携えてインドに入り、アーリア人の侵攻によって難民となり各地に散っています。それが雑多的な仏教徒によって中国北西部の狗奴に伝わり、シルクロードを経て縄文末には九州にも国を作ります。中世には武蔵の国一の宮氷川神社に祀られ、民衆のあつい信仰を集めます。そんな荒波吐さんにここでも出会うことが出来ました。夕方の岡山駅で木枯らしに身を縮ませていると、東京行きののぞみがやってきました。桃太郎のルーツに触れる事が出来た僕はこんな事を回想しながら、またいつのまにか眠りについていたのでした。今回もいろんな方達のお世話になりました!ありがとうございました!また会いましょー!!!

★転々

 ブログとは恐ろしいもので、気づけば前回から3ヶ月も放ったらかしていたらしく、自分の筆不精っぷりにほとほと呆れる次第であります。しかしながら今年の夏もおかげさまで忙しなく各地を転々としておりました。夏の恒例行事”RADICAL MUSIC NETWORK”を皮切りに、富山県の小さな町を舞台にグナワとチンドンがチャンプルーされたお祭り”スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド”。その後は初の信州諏訪で”縄文と再生”を冠した奇祭”ONENESS CAMP”に出演。諏訪高原にある縄文時代の黒曜石産地を解放して、地元の御柱祭ともタッグを組み、日本列島の先住民の文化に触れる事が出来る素晴らしいキャンプでした。9月になると九州は大分県国東半島にある弥生時代の集落跡にて催される”くにさき古代祭り”に3度目の出場。そのまま豊後水道をフェリーで渡って四国までロイ・エリスと同行する事が出来ました。季節は移ろい秋になり、台風の直撃をもろに受けた光風&GREEN MASSIVEとの静岡山賊旅を無事に終え、お次ぎは愛知ツアー。題して”笹舟自治会”という頼りなくも希望に満ちた船が出航。ボンクラ峠と舵を取り、毎晩呑めや歌えやで酔い潰れながらもいろんな人の助けを借りて”TOYOTA ROCK FESTIVAL”へ寄港したのが先月半ば...。気づけば立冬を迎えていた訳で面目ありませんが、皆様に感謝!お世話んなりました!今後ともごめんねマイペースで日々邁進して行きたい所存であります。2012年、残すところ2ヶ月。まだまだお祭りがお待ちかねですね!!!それではまた会場でお会いしましょ〜!!


★PARA TODOS TODO T-shirts & Necklace SET

神奈川県大和市の商店街で友人のおさむと弥生ちゃんが営むお店INSIDE BOUNDとのコラボレーションマーチャンダイズが完成しました!!忍者巻きフォトT&ネックレスセット!!
PARA TODOS TODO!すべてはすべてのために!





お買い求めはコチラ→  ★INSIDE BOUND★


詳細
PARA TODOS TODO T-shirts & Necklace SET/Black
受注期間 8月8日~8月22日
 
価格 Tシャツセット 5250円
   ラグランTシャツセット 6300円
 
INSIDE BOUND製作EKD OFFICIAL MERCHANDISEになります。

Tシャツ単品のみ、ネックレス単品のみでの販売は今回はありません、セット販売のみとなります

SETのT-shirtsは何枚でも購入可能です
T-shirtsを複数枚、欲しいお客様は追加用のT-shirtsページを作りましたのでお手数ですがそちらで追加注文お願いいたします。
もちろんT-shirts,3/4T-shirtsの組み合わせなども可能です
X-SMALLのみ受注のみの生産になりますのでお気をつけ下さい

NECKLACEは職人に頼んで作ってもらい、この値段では考えられない程のクオリティになっています
チェーンは2.3mmのボールチェーンをつけてありますが、お好みですぐに変えられるような作りになっています

NECK LACE
素材
ペンダントトップ 真鍮/銀メッキ 黒部分 いぶし加工
チェーン 真鍮
NCK LACE SIZE
縦 2.5cm 横 3cm チェーン長さ 46cm

T-shirts body United athle 5.0oz
Color BLACK

T-shirts SIZE
X-SMALL 着丈 64cm 身幅 45cm 袖丈16cm
SMALL 着丈 65cm 身幅 48cm 袖丈20cm
MEDIUM 着丈 68cm 身幅 50cm 袖丈20cm
LARGE 着丈 71cm 身幅 53cm 袖丈21cm
X-LARGE 着丈 75cm 身幅 58cm 袖丈22cm


★indiesissue vol.62

 先月末に発売されたインディーズイシューvol.62にインタビューが載っています!
皆さん是非チェックされたし!!

★川内村


日本各地で梅雨が明け、暑い日々が続いている7月下旬、ぼくは福島県川内村で催された渡辺俊美さんのライブイベントに参戦してきました。7月28日朝10時、同行するヨネスケシステム、ディノサウジと渋谷で合流して常磐道を北へ向かいます。男臭い3人4脚のこの旅の水先案内人である会津若松出身のヨネスケシステムは、この日フジロック帰りで一睡もしていないというからだに鞭打ってハンドルを握ってくれました。ありがとう!車はのどかな山々をすり抜け、車窓に海を臨みながら安全運転で走ります。途中、古代の太陽観測場所である”日立”市を過ぎると阿武隈高原に入りひたすら山を超えて北上します。すると南相馬の手前あたりでなぜか高速道路から下ろされてしまいました。不思議に思っていると、そこから北の一帯で放射能汚染を取り除く作業をしているためにこれ以上通行出来ないというのです。前もって知っておくべき情報でしたが、仕方なく無計画な男三人衆は進路を南に引き返し、除染作業地帯を避ける様に迂回する事になりました。車を走らせると至る場所でバリケードが立っており、随分広い範囲を除染の目的で通行止めにしている事が分かりました。やがて蛇行した険しい道になり、いくらか山を超えると山村が見えてきました。川内村はこの国に古くからある山里の姿を現在に残していました。美しい自然との調和がとれた生活がずっと営まれてきたのでしょう。



無事に川内村”かわうちの湯”に到着した頃には夕闇が迫っていました。そこで俊美さんと合流を果たして、まずは温泉をいただく事に。満身創痍のドライバー、ヨネスケシステムを含む僕ら3人はそこでゆっくりと旅の疲れを癒し、今宵の会場である蕎麦酒房”天山”へと移動します。そこは古い日本家屋を改装して営まれている素敵なおそば屋さんでした。すでにお客さんが集まっており、お座敷にはスピーカー内蔵のカラオケ機材がセッティングされ、和やかなムードでライブは始まりました。俊美さんの唄はやさしく強く、古い木の柱が囲む空間に響きました。俊美さんのお父さんが歌う民謡もノリノリで楽しい夜でした。相馬には優れた盆唄もありますし、やはり北国の民謡には力が溢れているのでした。数人の方とはお話が出来ましたが、きっといろいろな状況の人達がいます。いろいろな状態の場所があります。そして誰もがいろいろ感じていろいろ考えます。そば屋さんの店主はこうおっしゃっていました。「やれる事を、やれる人が、やれる時にやるだけだ」と。いろいろな意味が込められたであろうその言葉からは生きる勇気が伝わってきました。



生きるとは何ぞや?! と立ち止まって考えなくてはならないのです。悲しみを実感出来ない者は、幸せを実感する事もできないのですから。先日のリオ会議でウルグアイのムヒカ大統領がこんな事を言っています。「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人の事だ」と。巨大消費国家に住むぼくには胸が痛む言葉でした。この国の未来は果たしていかなる場所へと続いているのか?その主な構成員である”国民”即ち”僕ら”は何を選ぶべきなのかを常に考えておかなくてはいけない時代なのでしょう。夜は振る舞い酒を頂き、ヨネスケシステムの故郷、会津若松、鶴ヶ城のお膝元のご実家で一晩ご厄介になって翌日東京へと帰る事に。ハイオクでかっ飛ばした往復600km弱の小さな男旅の最後はみんな妙なテンションで家路についたのでした。